3 従来の諸説における問題点

上述した意匠の要部に関する創作性基準説は、意匠の要部を判断するにあたり、最も論理的な考え方のように思われる。しかし、この創作性基準説には、いくつかの問題点がある。

第1の問題点は、物品の一部分の形態が新規な場合、その一部分に意匠の要部を認めてしまうという点である。創作性基準説に基づいて判断なされたリーマ事件(大阪地裁平成2.5.31判決)では、物品の極めて小さな一部分である突端に意匠の要部を認定している。創作性説の論者である牛木氏は、以下のように批判している。「…登録意匠の創作の要部というものを、いくつかの公知意匠によって追いつめた結果、細部にしか要部を見出せず意匠の全体を忘れてしまったことにあると思われる。しかし、意匠法は、意匠の構成の全体を忘れ、単に細部における創作点を要部として保護するような甘い法律ではないはずである。」(1)

しかし、このような結論に陥ってしまうのは、創作性基準説の論理的帰結に他ならない。そして、この問題は、部分意匠制度が導入された現在においても解決をみていないようである。

第2の問題点は、意匠の類否判断に用いられている「特徴的である」とか「ありふれている」という文言である。先に引用した宮滝氏の表にもそうした表現が記載されている。創作性基準説であれば、新規であるかどうかということが問題になる。創作体は新規であるからこそ保護する価値があるからである。

ところで、公知意匠が1件だけ存在する場合を考えると、創作性基準説では新規性は失われてしまう。一方、公知意匠が1件だけ存在しても「ありふれた」ものであるとは認定できない。宮滝氏の指摘が正しいのであれば、従来行われてきた意匠の類否判断には、創作性基準説とは異なる考え方が潜んでいると考えざるを得ない。

意匠の要部に関する創作性基準説に疑問があるとすると、残された説は形態性要部基準説しかない。しかし、先に指摘したように、この説は論理性を備えていないため学説として評価することもできないし、あまり実務の助けにもならない。ここに至って、意匠の実務家は行き詰まってしまうのである。

さらに、統計的手法による類否判断においても、基本的構成態様と具体的態様を分ける基準というものが存在しない限り、類否判断の基準を正確に提示しているとは言えない。特に、プロポーションの問題がある。このプロポーションとは、例えば、立体的な物品の場合、縦、横、高さの比率をいう。上記乱れ箱事件の対照表に記載されている形態要素(2)の「縦方向の約2倍の横幅を有する」等の表現等が、プロポーションを示すものである。プロポーションは、基本的構成態様ではなく具体的態様とされているが、その理由は不明である。

また、この統計的手法にも論理性を認めることができない。何故、基本的構成態様が一致すると原則として両者が類似であると判断するのか、という基本的な原理さえも説明できていない。

このように従来の諸説は意匠の類似を十分に説明できていないことが明らかである。従来の諸説は、混同説、創作性説、需要喚起説等の意匠法の法目的から意匠の類似を考えるというアプローチを採ってきたが、このようなアプローチをとらず、基本的構成態様、具体的態様という概念の基礎的な理解、そもそも工業デザインとは何かという視点から意匠の類似を探る長い思索の旅に出ることにしよう。もっと「視覚」「類似概念」「意匠そのもの」に接近して考えなければならないということである。

(1)牛木理一著「判例意匠権侵害」(発明協会、1993)525頁

(2008/1/4)

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