8 社会一般の類似と意匠の類似

社会一般に通用している類似は、対象Aと対象Bとを一対一の関係で比較するという手法が採られている。上述した例では、A氏とB氏のそれぞれの顔が評価され、あるいは、A氏とB氏のそれぞれの性格が評価され、その評価の結果を検討して似ているのか似ていないのかが判断されている。

一方、意匠の類似は、上記のような社会一般に通用している類似とはちがう。意匠の実務において、A意匠にB意匠が類似するとは、図1に示すように、A意匠(赤い点)の類似範囲内(赤い丸)にB意匠(黒い点)が存在しているという意味を持つ。即ち、A意匠の類似範囲は認定された後に、B意匠がその類似範囲に属しているのかが判断される。例えば、「公知意匠に類似する出願意匠は意匠登録を受けることができない」という新規性の判断を行う場合、公知意匠(赤い点)の類似範囲(赤い丸)が認定された後に、その類似範囲に出願意匠(黒い点)が属しているのかが判断されることになる。意匠権侵害事件における意匠の類否判断では、登録意匠(赤い点)の類似範囲(赤い丸)が認定された後に、その類似範囲にイ号意匠(黒い点)が属しているのかが判断されることになる。


図1

この意匠独特の「A意匠の類似範囲を認定し、その類似範囲にB意匠が属しているのか否か」という判断手法では、B意匠の類似範囲が全く問題とされていないことに注意しなければならない。この意味においてA意匠とB意匠は対等に扱われていないのである。

A意匠の形態(以下、A形態)にB意匠の形態(以下、B形態)が類似する場合には、@A形態の基本的構成態様が新規であり、A形態の基本的構成態様をB形態が備えている場合と、AA形態の基本的構成態様がありふれていると共にA形態の具体的態様が斬新であり、A形態の基本的構成態様とその具体的態様をB形態が備えている場合、の2つのパターンしかない。

重要なポイントはもう一つある。この意匠の独特の類否判断手法によれば、A意匠の特徴は、A意匠に先行する公知意匠によってのみ確定される。このため、A意匠が公知となった後に出現した他の意匠の存在によってA意匠の類似範囲が狭くなることはない。社会一般に通用している類似とは、この点が決定的に異なることを覚えておくべきだ。

図2

実務での取扱は図1に示す通りであるが、例えば、図2のように考えることもできるかもしれない。即ち、A意匠にB意匠が類似するとは、A意匠(赤い点)がB意匠(黒い点)の類似範囲内(黒い丸)に存在していると考えることはできないだろうか。あるいは、図3のように考えることもできるかもしれない。即ち、A意匠にB意匠が類似するとは、A意匠(赤い点)の類似範囲(赤い丸)にB意匠(黒い点)の類似範囲(黒い丸)が重なっている状態であると考えることができるかもしれない。しかし、この図2及び図3のような考え方は実務において採用されていない。ここでは、この理由を探求することが意匠制度の目的を考える上で非常に役にたつことを指摘するにとどめよう。

図3

話を戻そう。実務における意匠の類似では、上記A意匠の特徴がA意匠の類似範囲を形成する。これを上記のA氏を例に考えてみると、とても奇妙な話になる。何故ならば、A氏は「温厚である」という特徴によって「A氏の類似範囲」を考えることには無理がある。世の中にはA氏よりもさらに温厚な人も沢山存在するからである。このように、新規性の判断や意匠権侵害の判断を行う場合、「A氏とB氏とが似ているか」というような社会一般に通用している類似と同様の感覚で漠然と意匠を眺めていては、正しい結論を導き出すことはできない。

なお、商標の類似は、上記のような社会一般に通用している類似と同様の手法による判断が行われる。即ち、A商標にB商標が類似するかという判断作業において「A商標の類似範囲の認定」を行ったりはしない。両者を対比して混同するほど近似しているかということを判断するだけであり、社会一般に通用している類似と同様の手法を採る。このように、意匠の類似と商標の類似は何れも類似概念を用いているものの、実務上、両制度における類否判断の手法は根本的に異なっている。

(2008/1/3)

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