部分意匠の本質(3)    弁理士  田中 大







T.本稿の目的
 本誌2001年(未定)月号に拙著「部分意匠の本質(2)」を掲載し、揺動説や部分意匠の類型化等を説明した。本稿では、さらに進んで部分意匠制度の導入が従来の類否判断実務に与える影響等を考察し、部分意匠制度導入後の意匠の類否判断について説明する。

U.問題点の指摘
 従来の類否判断実務においては、基本的構成態様と具体的態様とを抽出し、共通点や差異点を検討し、さらに、要部認定を行って意匠の類否を判断していた。しかし、この手法に対しては、いくつかの問題点を指摘することができる。
 もっとも大きな問題点は、部分的形態が要部として認定された場合、この要部の一致をもって両意匠が類似すると判断することについての是非である。例えば、図1のようなグラスは類似であると判断されている。(1) この場合、脚部に特異性がなく、且つ、収用部も定型的なありふれた形態であるから、特徴的なカット模様に着目して(即ち、この模様を意匠の要部であると認定して)両者が類似であると判断している。

図1


 部分意匠制度の導入により、上記のカット模様のような部分的形態のみを実線で示した部分意匠登録出願が認められるようになった。部分意匠制度導入後もこのような従来の要部認定の手法を維持すべきなのであろうか。
 さらに、従来の類否判断実務においては、基本的構成態様と具体的態様の線引きの基準が明確ではないという点も指摘することができる。(2) さらに、この基本的構成態様という概念に関しては、部分意匠に対してどのように考えてゆけば良いのかという問題点も指摘することができる。

V.プロトタイプ理論
1.形態の認知
 形態の類似を考えるにあたり、形態の認知を人間がどのように行っているかを説明する。
 人間が視覚を通じて形態を認知する場合にどのようなアプローチを行うかという点を総合的に研究対象とする学問として認知科学という学問領域が存在する。この認知科学という学問は、知覚、記憶、思考を研究する心理学の一分野である。(3)
 この認知科学においては、人間の視覚情報の認知ステップを以下のような3つのステップから捉えている。即ち、物体の形態は可視光により網膜で検出され(第1段階)、後頭葉にある視覚領等により単純な輪郭等が処理・分析され大きな単位にまとめられ(第2段階)、さらに、この情報は脳の各部分で並列的に処理された後、これら過程の合成結果が脳内に貯蔵されている記憶情報に照らし解釈される(第3段階)。この第1段階から第2段階までを順に行う処理はボトムアップ処理と呼ばれている。(4)
 ところで、第2段階において何故形態を大づかみに捉えているのであろうか。それは、脳に記憶する情報量や脳が処理しなければならない情報処理量を効率的に低減するためであると説明されている。また、少ない情報量でも有効な認知活動を行うことができるようにするためであるとも説明されている。これは、視覚器官の進化の過程において原始生物の不充分な視覚能力(眼球構造や視覚細胞の未発達により詳細な部分まではっきりと認知する能力がない)でも有効な情報として活用できるように、脳が辿ってきた進化の過程に求めることができる。
 第3段階においては、ボトムアップ処理により得られた情報から、対象が「何であるか」、さらに進んで「どのように見えるか」ということを認知する。ところで、猫という対象を言語で示した場合も、猫の写真で示した場合も対象は猫という同じ内容を示している。この対象の脳内での表現形式を認知科学では「表象」と呼ぶ。視覚から得られた表象は、視覚的イメージにより捉えられている。このイメージは一般に用いられている感覚的あるいは感情的な印象という意味ではない。認知科学上のイメージは、対象の物理的属性を反映しているものであると同時に、対象の忠実なコピーでもなく、さらには、言語的に理解されているものでもない。(5)
 このイメージは、ある対象(例えば、シェパード)があるカテゴリー(例えば、犬)に属するものと分類する際にも用いられる。これは、犬という上位のカテゴリーを構成している特徴をシェパードという下位のカテゴリーが全て備えているからである。この特徴は、理想化されたイメージ、即ち、概念的なプロトタイプ(prototype)と言えるものである。(6) このプロトタイプとは、試作品や見本という意味ではなく「原型」という意味であり、また、本稿においては、以下、「概念的なプロトタイプ」を単に「プロトタイプ」と表現することにする。
 ある物品を見た場合、脳は記憶情報として貯蔵されている多数のプロトタイプと照合する。そしてプロトタイプが一致した場合にはその物品がどのような物であるかを判断することができる。また、プロトタイプが一致しない場合には、さらに視覚による観察を続け、必要に応じて新たなプロトタイプを作成するのである。
 上記のボトムアップ処理に対し、上記第3段階においては認知を意識的に行う処理もなされる。これをトップダウン処理と呼ぶ。このトップダウン処理では脳内に記憶されているプロトタイプの他にスキーマ(schema)も活用される。(7) このスキーマは、脳に記憶された情報を組織化した抽象的な認知構造をいう。このスキーマは視覚を通じて把握された表層的な形態からさらに推論を働かせ認知活動に能動性を与えると共に、その形態に対して評価や理解を形成する。このスキーマは、対象物に対し各個人が有する知識や経験等により影響を受けるものであり、その個人差は極めて大きいことが解明されている。

2.プロトタイプ理論
 私は、上記の認知科学を応用し、形態の類似概念の本質を明らかにし類否判断に明確な指針を与える意匠法上のプロトタイプ理論を提唱する。このプロトタイプ理論とは、視覚を通じて形態から抽出されたプロトタイプが一致するか否かという判断をベースとして両意匠の類否判断を行う考え方である。
 尚、「プロトタイプ理論」という名称の説は認知科学上の説として存在している。以下、「意匠法上のプロトタイプ理論」を単に「プロトタイプ理論」と呼ぶことにする。
 このプロトタイプ理論は、上記スキーマに内在する形態の評価や理解に関する個人差を排除し、意匠の類否判断の対象をボトムアップ処理から抽出されるプロトタイプとして捉え類否判断の客観性及び普遍性を担保しようとする考え方である。
 以下、このプロトタイプを具体的に説明するためにプロトタイプを類型別に説明する。尚、この説明は全体意匠に関するものであり、部分意匠のプロトタイプについては後述する。

(1)標準的プロトタイプと具体的プロトタイプ
 プロトタイプには標準的プロトタイプと具体的プロトタイプの2種類が存在する。標準的プロトタイプとは、それぞれの物品名から漠然と想起されるプロトタイプをいう。例えば、物品がコーヒーカップである場合、図2に示すようなコーヒーカップがこの標準的プロトタイプである。このプロトタイプは、筆者が今までに見てきたコーヒーカップから筆者の脳内にあるコーヒーカップの標準的なイメージを描いたものである。この標準的プロトタイプは、特定のコーヒーカップの形態を示したものではなく、コーヒーカップとして標準的と思われる形態を示しているに過ぎない。

図2


 この標準的プロトタイプは、認知科学上「標準的表象」と呼ばれ、また、その対象が「何であるか」ということを見分ける説明のために用いられる。
 この標準的プロトタイプは、一つの物品名に対して複数存在する場合が多い。例えば、コーヒーカップの形態はそれこそ無数に存在する。しかし、これらの形態をある程度分類することはできる。そしてこの分類毎に標準的プロトタイプが存在するのである。著者が描いた図2に示すコーヒーカップの形態は、ある分類に属する形態をベースに作成されたものにすぎないということである。この分類作業は、後述する具体的プロトタイプが大まかに一致する範囲において認められる。
 この標準的プロトタイプに対して具体的プロトタイプが存在する。具体的プロトタイプとは、標準的プロトタイプがその物品の標準的な形態を示しているのに対し、特定の形態から抽出されるプロトタイプを指す。例えば、コーヒーカップの具体的プロトタイプとは、特定のコーヒーカップ、例えば、ある意匠図面に記載されている個別具体的なコーヒーカップの形態から抽出されるものである。この具体的プロトタイプは、認知科学上、その対象が「どのように見えるか」という評価のベースに用いられる。
 さらに、具体的プロトタイプには、以下に説明する輪郭型プロトタイプ、ユニット型プロトタイプ、ユニットコンビネーション型プロトタイプの三種類のプロトタイプ類型が存在する。

(2)輪郭型プロトタイプ
 具体的プロトタイプの第1の類型は輪郭型プロトタイプである。通常、具体的プロトタイプは、輪郭(edge)に基づいて作成される。輪郭は形態の特徴を認知する基礎を構成している。これは、図(物品)と地(背景)の境界が輪郭だからである。図と地の境界を把握できなければ、その物品の形態はおろかその物品の存在さえも認知することができないからである。輪郭が把握しやすい形状である場合、この輪郭から抽出される具体的プロトタイプを輪郭型プロトタイプと呼ぶことにする。
 この輪郭型プロトタイプを図3に示すコンピュータ用のキーボード(以下、「本件キーボード」とする。)により具体的に説明する。このキーボードの形態は、「二分割されている」という輪郭が、もっとも簡潔且つ強力にその形態の特徴をアピールしている。即ち、本件キーボードは、左右に平板状の長方形パネルを円形の連結部を介して離間して設けたものであり、その二つの長方形と一つの円形という捉えやすい原初的形態から構成されているからである。

図3


 ここで注意しなくてはならないことは、輪郭型プロトタイプは「二分割された」という抽象的概念はではないということである。即ち、輪郭型プロトタイプは図面等に示された形態から抽出される概念であるということである。、例えば、左右のパネルの形状を楕円平板状に構成した他のキーボードの意匠とは、両者の輪郭型プロトタイプが一致せず、ゆえに本件キーボードと他のキーボートの意匠は非類似ということになる。

(3)ユニット型プロトタイプ
 具体的プロトタイプの第2の類型はユニット型プロトタイプである。上述したように、人間は対象の輪郭から対象がどのような物であるかを捉えようとする傾向が強い。しかし、対象によっては輪郭を把握することが困難な物が存在する。例えば、典型的なオートバイの場合、車輪、タンク部、シート部、ヘッドライト部、ハンドル、エンジン等々の多数の部材から構成されている。そして、多数の部材の集合体故に、オートバイ全体の輪郭には各部材の輪郭が交互に出現し、故に、その曲率の変動等が激しい輪郭は捉えどころがない。
 このような場合、人間は輪郭から具体的プロトタイプを作成しない。大まかに部材を捉えてユニット(unit/構成単位)を作成し、そのユニットの集合体として具体的プロトタイプを作成するのである。このような具体的プロトタイプをユニット型プロトタイプと呼ぶことにする。オートバイであれば、それは、車輪ユニット、タンクユニット、シートユニット…ということになる。そして、このユニット型プロトタイプは、各ユニットの形状、ユニット相互間の位置関係、ユニット相互間の相対的な大きさにより示される。
 このユニットの認定は、1910年代のドイツの心理学者グループ(マックス・ベルトハイマー、クルト・コフカ、ボォルガング・ケーラー)が、形態は知覚の原素的な単位であると主張するゲシュタルト心理学(ゲシュタルトとは「形態」という意味のドイツ語である)に基づいておこなわれる。(8)
 この知覚的体制化によるユニットの認定を説明すると以下のようになる。(9)
 @近接:似た特徴を持つものが近接して配置されている場合、それら複数の形態を一つのユニットとして知覚する傾向がある。(10)
 A類同:類同する要素、形、大きさのものが複数存在する場合、これらはユニットとしてまとまる傾向がある。これを類同による群化と呼ぶ。(11)
 B連続:一方向に「自然に」流れる対象同士は、同じユニットに属するものと見られやすい。(12)
 C閉合:ばらばらに配置された図形等からでも、閉合した単一のユニットを認知する傾向がある。(13)
 Dプレグナンツ:プレグナンツとはドイツ語で「意味をもった」という意味であり、例えば、円や三角形等幾何学的に典型的な図形はユニットを構成しやすい。(14)

(4)ユニットコンビネーション型プロトタイプ
 具体的プロトタイプの第3の類型はユニットコンビネーション型プロトタイプである。ユニット型プロトタイプと同様に輪郭が把握しにくいものの、ユニット型プロトタイプと呼ぶには各ユニットの関連性が密であり、その関連性から輪郭とは異なる一定の方向性(流れ)やまとまり等を看取できる場合がある。このような具体的プロトタイプをユニットコンビネーション型プロトタイプと呼ぶことにする。
 尚、上記の輪郭型プロトタイプ、ユニット型プロトタイプ、ユニットコンビネーション型プロトタイプは、何れも対等の地位にありそれらの間に従属関係は生じない。

3.プロトタイプの性質
 プロトタイプは標準的プロトタイプであるか具体的プロトタイプであるかを問わず、上述したように概念的なものである。しかし、特許制度のクレームのように文言により把握することは極めて困難である。何らかの意味付けを行わなければ、脳に記憶できないとされているが、形態に関する意味付けは言語体系によるものではないことは明かである。これは、図面を一切見ることなく基本的構成態様を認定した文言からのみその意匠の形態(若しくは漠然とした形態的なもの)を絵に描くことは不可能であることからも理解できる(認知科学の表象コードの問題において、二重コード説は視覚的な特性を持つイメージコードと言語的コードの二つに大きく分類できるとしている)。
 こうした意味において、プロトタイプは形態的概念と言うことができるが、正確には、言語体系を用いて表示可能な概念とは別異なものである。
 尚、意匠の実務においてプロトタイプは言語を用いて表現されなければならない。従って、意匠の類否判断を行う者は、言語で表現された文言に拘泥することなく、常に、図面等を見ながらプロトタイプの把握に努めなければならない。
 プロトタイプの抽出は、その形態を多く見る機会がある視点(物品と看者の相対的位置という意味)から、あるいは、その形態の特徴を効率的に把握しやすい視点から脳内において作成される。
 例えば、自動車のプロトタイプは斜め前方から見た形態がプロトタイプを構成しやすい。自動車を真上から見る機会は少なく、また、自動車を前方真正面から見てもそれがセダンであるのかワゴンであるのかを効率的に把握することができないからである。
 意匠図面は六面図が用いられている。この六面図は意匠の特定に正確を期すという点では優れているが、具体的プロトタイプの認定には不適当な場合が多い。具体的プロトタイプを認定しやすくするように適切な斜視図を加入することが望ましい。また、正面図の決定にあたっては、具体的プロトタイプの特徴を多く含む面を選択するのが正しいことが分かる。
 また、従来、物品の使用状況等を要部認定において考慮するが、これは正に具体的プロトタイプがどのような看者の視点から作成されるのかを検討しているにすぎない。さらに、具体的プロトタイプは視覚を通じて把握されれば作成可能であるため、顕微鏡を介して物品の形態が認識されるマイクロマシンのようなものであっても意匠制度の保護対象となる。
 具体的プロトタイプを従来の基本的構成態様や具体的態様という二者択一的な概念と比較すると、輪郭型プロトタイプとユニット型プロトタイプの多くは基本的構成態様として、また、ユニット型プロトタイプの一部とユニットコンビネーション型プロトタイプは具体的態様として取り扱われてきたのではなかろうか。しかし、上述したように、この3類型の具体的プロトタイプの間には従属関係は生じない。この点で、従来の基本的構成態様、具体的態様という認定手法とは全くその性質を異にしていることに注意しなければならない。

W.プロトタイプ理論による類否判断
1.具体的プロトタイプと類似概念
 プロトタイプ理論では、具体的プロトタイプはその意匠登録出願や意匠権の客体の「本質」であると言うことができる。このことは、特許法が特許出願や特許権の客体が技術的思想である発明とすることと同視できる。そして、上述したようにプロトタイプはそれを直接、絵として描くことも不可能であり、また、言語体系に馴染まないものであることから、この客体としてのプロトタイプから反射的に派生する形態群を類似範囲という概念で説明し、意匠法はこの類似概念をもって具体的プロトタイプの保護を実質あらしめようとするものである。
両意匠が類似であるということは、相互に共通する性質(共通点)を備えたものであり(質的条件)、また、相互に共通する点が多くなければならない(量的条件)とする考え方がある。この考え方によると、共通点を少しずつ減じて行くと、ある温度で水が質的に転化して氷になるように非類似の意匠にとなる「障壁」が出現するとしている。(15) しかし、この考え方は類似概念を説明したことにはならない。何故「障壁」が出現するのかを説明していないからである。
プロトタイプ理論では原則としてプロトタイプの一致する範囲が類似範囲であり、プロトタイプが一致しなくなった場合、そこに「障壁」を認めると説明できる。

2.認知科学における類似概念
 認知科学において類似とはどのように考えられているかを最初に説明する。認知科学の類推研究分野では、「類似」を三種類の類似性に区別している(16)。
 第1の類似性は「対象レベルの類似性」(object-level similarity)である。この類似性は2つの対象間の類似であり、2つのものの間で特徴がどれだけ共有されているかで決まる。例えば、りんごとみかんは似ているが、これはりんごとみかんは果実であったり、食べられたり、丸かったり、大きさが比較的近いなど、多くの特徴を共有しているからである(17)。
 第2の類似性は「関係レベルの類似性」(relational similarity)である。対象レベルの共通性が対象の特徴に基づくものであるのに対して、この関係レベルの類似性はベースに存在する関係とターゲットのそれの共有の度合いに基づく類似性である。中学校で電流について学ぶ際には、しばしば水の流れを用いた類推による説明がなされているが、この電気回路と水流の類推においては、対象レベルではほとんど何も共有されるものはない。しかし、この2つのドメインにおいては、「xが増加するとyも増加する」とか「pが増加するとqが減少する」等の関係が共有されている(18)。
 第3の類似性は「プラグマティックな類似性」である。これは問題の解法、あるいは目標構造レベルでの類似性である。たとえば、「この問題と前に解いたあの問題は似ている」という場合の類似性の認識は、プラグマティックなる意地に基づく認識である(19)。
 形態の類似の認知において最初に指摘できることは、第1の類似性である「対象レベルの類似性」の要因が強く働く(Gentner et al.,1993)(20)。 しかし、このような場合であっても、第2の類似性である「関係レベルの類似性」が全く働いていないわけではない。この「関係レベルの類似性」が大きな意味を持つのは「競合」が生じる場合である。「競合」が生じる場合には関係レベルでの類似が対象レベルの類似を凌駕する(Wharton et al.,1994)。即ち、競合のない状況においては関係の持つ価値が明白ではない。一方、競合が生じる状況においては複数のベースが対比され、各々がどのような意味で類似しているかが明白になる。そして、類似が「関係レベル」で生じている場合には、人間はそれを高く評価し意味のあるものとみなすメカニズムを持っていると考えられる。近年の類似性判断についての認知研究では、こうしたメカニズムは記憶の検索メカニズムではなく、類似性判断そのものに内在するメカニズムであることが次第に明らかになってきている(Goldstone et al.,1991 ; Medin et al.,1993 ; Markman & Gentner, 1993)(21)。 尚、第3の「プラグマティックな類似性」は、本稿とは関連性が認められないためその説明は省略する。

3.プロトタイプ理論による類否判断
 上記の認知科学によって解明された「類似」の基本的構造をベースとして、以下、模様を付したグラスを例にプロトタイプ理論による類否判断を説明する。尚、このグラスの例は、上記の輪郭型プロトタイプに属するものであり、他のユニット型プロトタイプとユニットコンビネーション型プロトタイプの類否判断においても、同様のアプローチが可能であるため、これらの他の具体的プロトタイプに関する類否判断の説明は省略する。
 最初に、図1に示されている両意匠の類否判断について述べる。この両意匠から抽出される具体的プロトタイプは何れも輪郭型プロトタイプである。そして両輪郭型プロトタイプは、図面左側のグラスの輪郭型プロトタイプが比較的スリムでありその重心が比較的上方に存在するのに対し、右側のグラスの輪郭型プロトタイプはふっくらとしておりその重心が比較的下方に存在しているため、両具体的プロトタイプは一致せず、両意匠は非類似である(この結論は上述した従来の類否判断による結論とは正反対である)。
 ここで行われた類否判断の作業は、第1の類似性である「対象レベルの類似性」における判断が行われている。「対象」とは具体的プロトタイプであり、この場合、両者の輪郭型プロトタイプが一致しなかったという判断が行われたのである。
 次に、図5に示されている両意匠の類否判断について述べる。尚、この両意匠に対して図5に示されている公知意匠が存在する。
 図4に示されている両意匠から抽出される具体的プロトタイプは何れも輪郭型プロトタイプである。そして、この両意匠の輪郭型プロトタイプは一致している。単純に考えれば、第1の類似性である「対象レベルの類似性」において両意匠は類似していると判断されることになる。この考え方は図5に示されている公知意匠の存在を無視した場合の結論であり妥当ではない。
 両意匠は「カップ部分の側壁に模様を備えている」という関連性レベルでの共通性を備えている。さらに、図5に示されているような公知意匠が存在することにより上記の「競合」が生じている。
 この図5に示す公知意匠の具体的プロトタイプは、図4に示されている両意匠が属する標準的プロトタイプに属している。そして、この公知意匠においてもそのカップ部分の側壁に模様を備えているという関連性レベルでの特徴を備えている。

図4



図5


 このような「競合」が生じている場合、上述したように関係レベルでの類似が対象レベルの類似を凌駕する。即ち、図4の両意匠が属する標準的プロトタイプ内に図4の両意匠以外の意匠(公知意匠)が存在しない場合においては、関係レベルの価値は尊重されないため両意匠は類似となるが、図5に示されている公知意匠の存在する場合には、競合の結果として関係レベルでの類似が尊重され、両意匠は非類似となるのである。この結論は、従来の類否判断の結論と同じである。
 尚、斬新な意匠の場合、例えば、上述した図3のに示すキーボードはそれ単独で新たな標準的プロトタイプを出現させる。このような斬新な意匠(この標準的プロトタイプに属する公知意匠が存在しない状態)においては上記の「競合」は生じない。従って、斬新な意匠が輪郭型プロトタイプに属する場合には、輪郭内側に存在するユニットの構成等が異なった他の意匠をその類似範囲に含むことが理解できるであろう。
 このように、プロトタイプ理論は科学的な根拠に基づき意匠の類否判断を行う。このため、基本的構成態様、具体的態様、基本形態、ありふれた形態、意匠の要部、創作性の有無等々の概念は一切使用しない。また、それらの概念のあいまいさ故に普遍性が担保されていないと考えるからである。
 プロトタイプ理論の本質的な立場は「部分意匠の本質(5)」により明かにされるが、従来のデザインの創作行為に対する捉え方も全く異なる。本稿においては、「類似」は「事実として実在」する概念であり、法目的から導き出すような概念ではないということを指摘しておきたい。

3.具体的プロトタイプの一致の判断
 プロトタイプ理論に基づく類否判断においては、具体的プロトタイプが一致するか否かが大きな鍵を握っている。具体的プロトタイプは上述したように形態的概念という性質を有するものであり、具体的プロトタイプの一致は「概念的」に一致するか否かを判断しなくてはならない。従って、付加的部分の存在や単なる曲線(面)化等は具体的プロトタイプの一致に影響を与えない。
 具体的プロトタイプの一致の判断には、そのプロトタイプから生じる印象(上述した認知科学上のイメージとは異なる)を参酌して判断する。即ち、具体的プロトタイプの一致について判断が困難な場合、美感を参酌してその一致を判断するということである。この意味において、具体的プロトタイプは特許制度における発明の構成に該当し、美感は同制度における発明の効果に該当する。

4.判断主体
 両物品の形態から抽出される具体的プロトタイプを比較する段階では、各個人が有するスキーマに基づく評価や理解は持ち込まれていない。従って、判断主体が需要者であるか創作者であるか、即ち、どの程度のスキーマを有しているかという点を考慮する必要がない。このため、プロトタイプ理論は、類否判断の主体に関する議論、即ち、混同説の立場から一般需要者であると考えるのか、又は、創作性説の立場から当業者であると考えるのかという議論そのものを否定する。プロトタイプ理論によれば、判断主体は人間であるということである。
 判断主体を人間とする理由には他の側面が存在する。それは、我々が思いのほか形態に対して精通しているということである。通常、現代社会の人間は毎日2万個以上の道具を見て生活していると言われており、形態に関する認知活動は鍛え上げられていると言っても過言ではないと考えるのである。公知意匠を示すことにより標準的プロトタイプは誰の脳内においても容易に作成することができ、また、その標準的プロトタイプとの関係を考慮しつつ個別的な物品の形態から具体的プロトタイプを抽出することはできるのである。
 一方において、デザイナーのデザイン能力は思いのほか低いということも知っておかなければならない。当該物品の専門的なデザイナーがデザインしたものであっても、極めて使いづらいだけではなく操作方法に誤解を生じやすく悪くすると怪我をする場合さえある。その物品に対する基本的な理解に欠けているからである。多くの場合、消費者は自分がその物品をうまく使いこなせなかったと反省するが本当はそうではない。多くの場合、誰が使用しても失敗するのである。(22)

5.二次元物品とプロトタイプ理論
 織物地等の二次元物品に関しては、従来から基本的構成態様や具体的態様の認定に馴染まない物品とされてきた(このことは基本的構成態様という概念の限界を示しているとも言える)。(23) しかし、プロトタイプ理論では、輪郭型プロトタイプを適用せず(輪郭を認定しても意味がないからである)、模様等から形成されるユニットを中心としたユニット型プロトタイプ又はユニットコンビネーション型プロトタイプを認定することにより、二次元物品にもそのまま適用することができる。

X.プロトタイプ理論と部分意匠制度の導入
1.制度的保証としての部分意匠制度
 プロトタイプ理論による意匠の類否判断では、従来行われてきたような要部認定を行わない。しかし、形態性要部基準説や創作性基準説等は、何れも類否判断において「要部」という概念に中心的且つ決定的な役割を担わせてきた。
 「要部」という概念を何故必要としたのかという点を考えてみたい。それは、主に、部分的なユニットの形態の保護を行うための方法論という側面を否定できないのではないか。従来の意匠制度では、部分意匠の出願が認められていなかったため、複数のユニットの内、特定のユニットの形態に特徴がある場合でも、物品全体の形態と共に出願することにより意匠登録を受けなくてはならなかった。このような旧意匠制度下において特定のユニットの形態を保護しようとすると、当該ユニット形態以外の物品全体の形態から流出する印象が小さなものであることを説明しなければならない。この説明をおこなうために、長期に渡り要部認定という手法が維持されてきたと考える。
 注意しなくてはならないのは、このような要部認定の結果得られる類否判断の結論が形態に関する類似の一般的感覚から乖離している場合が散見されるということである。例えば、上記図1のコップの例などである。プロトタイプ理論は、認知科学をベースにして科学的に類否判断を行うため、一般的感覚と乖離することはありえない。
 また、意匠の類否判断が理解しにくいのは、なにも裁判例や審決例の勉強不足のせいだけではない。要部認定に詭弁的とも言える論理展開がなされる場合が多く、普遍性に欠けているからである。そして、独占的排他権の権利範囲の判断に普遍性が欠ければ権利義務関係は不明瞭となり、意匠制度そのものの存続が危うくなる。
 尚、特定のユニットの形態に特徴がある場合以外でも要部認定は行われてきたが、この場合、物品全体の形態を評価しているのであるからあえて要部認定という手法を用いなくても類否判断は可能であり、その意味で要部認定の必要性はユニット形態の評価の場合よりも小さい。
 部分意匠制度の導入はユニット形態の保護を可能にした。しかし、この部分意匠制度の導入は、出願人に対し出願形式の選択の機会を与えることにもなった。即ち、ユニット形態に特徴がある場合、当該ユニットを含む全体意匠として出願するのか、それとも、当該ユニットのみを実線で示し他の部分を破線とした部分意匠登録出願とするのかという選択である。
 この出願形式の選択を可能としたことは、ユニット形態の保護という制度的保証の引き換えとして出願人に出願形式の選択の責任を負わせることが可能になったという効果を生じる。意匠権侵害訴訟においては中間手続における出願人の主張を禁反言として考慮する。これと同様に、出願人が行った出願形式の選択を類否判断において重視するということである。即ち、全体意匠の出願であれば、複数のユニットの内、一つのユニット内の形態のみを重視した評価は行わない。また、部分意匠の出願であれば破線部分の形態の評価を類否判断のベースとしないというルールを確立できるということである。
 上述したプロトタイプ理論は、このような部分意匠制度による部分的なユニット形態の保護という制度的保証(即ち、図1に示すグラスの場合にはカット模様の部分のみを実線で表示すると共に輪郭等の他の部分を破線で示すのか、それとも図1に示すように形態の全てを実線で示すのかという出願人の選択の機会が与えられているということ)を前提とする。部分意匠制度導入以前であれば、プロトタイプ理論ではユニット形態の満足な保護を図ることができないからである。従って、部分意匠導入以前に出願された意匠登録出願及び意匠権の類否判断にこのプロトタイプ理論を適用してはならない。

2.プロトタイプ理論と部分意匠の類否判断
 プロトタイプ理論は、揺動説と連結することにより全体意匠と部分意匠の双方に分け隔てなく適用できる。即ち、実線部分から具体的プロトタイプを抽出し、そのプロトタイプが一致するか否かを判断すれば良いのである。揺動説による部分意匠の特定は、揺動範囲と類似範囲という区分けを明確にすることができ、この部分意匠の類似範囲に対しては全体意匠同様の判断を用いることができるのである。以下、部分意匠の全体型と部分型類型について説明する(24)。

(1)全体型
 全体型は物品の主要な輪郭を実線部分で示し、ユニット等を破線で示したものである。この全体型では、実線で示した輪郭から輪郭型プロトタイプを抽出して類否判断を行う。ユニット等は破線で示されているため、ユニット型プロトタイプやユニットコンビネーション型プロトタイプを抽出することは不可能である。
 尚、この全体型はプロトタイプ理論から考えると部分型類型とは異なった性質を有していることが理解できる。全体型は「不要な」ユニット等を除去し輪郭型プロトタイプの存在を明瞭にする点において全体意匠の一類型であり、意匠の概念化あるいは文言によらないクレーム化を可能にするものであるといえる。
 図6に示すキーボードの場合、輪郭とカーソル操作バッド部が実線で示されている。この場合、カーソル操作バッド部はユニットを構成するに過ぎないため、輪郭型プロトタイプが適用されるか否かを最初に判断し、輪郭型プロトタイプが適用できない場合には、カーソル操作パッド部のみをユニットとしたユニット型プロトタイプを適用できるか否かを判断する。尚、物品全体の輪郭が実線で示されているため、このカーソル操作パッド部というユニットから後述する部分輪郭型プロトタイプ、部分ユニット型プロトタイプ、部分ユニットコンビネーション型プロトタイプを抽出してはならない。このカーソル操作パッド部の形態に特徴があることを出願人が主張したいのであれば、実線で示す領域をこのカーソル操作パッド部周辺に限定する必要がある。

図6


尚、上述した典型的なオートバイの輪郭のみを実線で示した場合、この輪郭は極めて複雑で捉えにくいものとなる。この部分意匠の登録出願は、実線部分の形態が「他の意匠との対比の対象となり得る部分とは認められないもの」として拒絶する。当該輪郭から合理的に具体的プロトタイプを抽出することができないからである。この「他の意匠との対比の対象となり得る部分とは認められないもの」に関しては「意匠審査の運用基準」に記載されているが、このことはプロトタイプ理論からその根拠を説明することができる。

(2)部分型類型
 部分型類型では物品の部分形態を類否判断の対象とする。そして、上述したプロトタイプ理論はこの部分形態の類否判断でも適用することができる。部分形態であっても輪郭を認めることができる場合があり、また、部分形態がさらにユニットを含んでいる場合も存在するのであり、従って、視覚を通じた認知活動により具体的プロトタイプを抽出することができるからである。
 ここで、語句の混乱を避けるために、部分型類型のプロトタイプ理論では、部分形態の輪郭を「部分輪郭」と呼び、部分形態に含まれる複数のユニットを「部分ユニット」と呼ぶことにする。また、上記の各プロトタイプは、それぞれ部分輪郭型プロトタイプ、部分ユニット型プロトタイプ、部分ユニットコンビネーション型プロトタイプと呼びかえる。即ち、部分輪郭型プロトタイプは部分意匠の実線部分の部分輪郭から抽出され、部分ユニット型プロトタイプは部分意匠の実線部分に含まれる部分輪郭に対する複数の部分ユニットの大きさや位置関係から抽出され、部分ユニットコンビネーション型プロトタイプは部分意匠の実線部分に含まれる複数の部分ユニットの密接な関連性から抽出される。
 部分型類型の類型別に簡単に説明すると、部分完結型では、部分輪郭型プロトタイプ、部分ユニット型プロトタイプ、部分ユニットコンビネーション型プロトタイプを認定することができると考える。また、部分未完結型(特徴型)では、部分輪郭型プロトタイプを認められない場合が存在する。また、部分未完結型(非特徴型)では、部分ユニット型プロトタイプや部分ユニットコンビネーション型プロトタイプが認められないと考える。

Y.プロトタイプ理論と意匠制度
1.「一致」という考え方
 プロトタイプ理論が提示するプロトタイプは特許制度のクレーム概念と親和性がある。即ち、具体的プロトタイプは形態的概念であり、クレームは技術的思想である。特許制度では、新規性、先後願、特許権の及ぶ範囲等においてクレームに記載された技術的思想が一致するか否かを判断する。そして、意匠制度では、新規性、先後願、意匠権の及ぶ範囲等につき具体的プロトタイプとして認定された形態的概念が一致するか否かを判断する。そして、プロトタイプ理論によれば、意匠制度における「類似」という概念は具体的プロトタイプが個別具体的形態に発現した形態群を意味しているに過ぎず、意匠制度としても「一致」を問題としていると説明することができる。

2.法目的と類否判断の基準
 プロトタイプ理論は、法目的に関する議論と意匠の類否判断の基準に関する議論を分離することができる。従来、法目的に関する混同説は類似範囲を混同が生じるほど形態が近似する範囲とし、また、法目的に関する創作説は類似範囲を創作の範囲として説明してきた。これらの考え方は、上述したように、要部とされた両意匠のユニット形態の一致をそのまま全体形態の類似という結論に結び付けるために必要となる根拠を法目的から説明しようとするからである。しかし、プロトタイプ理論は、類似概念を認知科学という普遍的な立場から説明するため、類似概念を説明するために法目的の議論を持ち出す必要は無い。

3.法目的
 法目的に関しては、上述したように特許制度と意匠制度との間に大きな差異は無いと考えている。このため、市場での意匠の取扱われ方を重視した混同説や需要喚起説が特許制度において論じられていないことからこのような説を支持することはできない。特許制度の法目的においても混同説や需要喚起説を論じないのは片手落ちであろう。何故なら、似たような技術を用いた商品は市場で混同を生じ、また、新しい技術を用いた商品は需要を喚起するからである。こうした考え方は、発明やデザインがなされた「その後」の議論に過ぎず制度論の本質を突いていないと考える。また、需要喚起説は、新たな需要が旧製品の廃棄を促している点を見落としているのではないだろうか。(25) 廃棄物は環境を破壊し、破壊された環境は産業の基盤を破壊する。環境保護が真剣に論じられている現在、需要喚起が何故産業の発達に連結できるのか合理的根拠が存在しないように思われる。
 類否判断に関する創作性基準説はこれを否定するが、法目的に関する創作性説の立場から意匠制度の目的を考えて行くことが正しいと考えている。もっとも、創作性説の論者と私の間には、おそらく意匠の創作そのものに対する考え方に大きな隔たりがあると考えている。この点に関しては「部分意匠の本質(5)」において詳しく説明する。また、類否判断の基準をめぐる争いの根拠として混同説や創作性説の対立を理解すると、部分意匠制度の導入とプロトタイプ理論により類似概念が明確になった現在、混同説や創作性説の議論に価値があるものとは到底考えられないのである。特許制度において創作性説が主張されていないことはその主張が無益であるからではないだろうか。

4.意匠制度の背景
 意匠制度が何故産業の発達に寄与するかという点については、「量産」される物品の形態を保護するという背景が重視されるべきであるとも考える。以下、意匠制度の背景、正確に言えば意匠制度誕生時の背景である「量産」という視点について簡単に説明する。
(1)最大公約数という性質
 量産を前提とするからその物品の使用者は不特定多数の人間である。従って、個人毎のニーズに厳密に合致したデザインを提供することは不可能である。
 例えば、太った人には座面の広い椅子が必要となるが、このような座面はやせた人には不要であり邪魔なだけである。材料も無駄になる。これに対し、量産社会が出現する以前(1920年以前)では、職人が依頼者のニーズに合致した椅子を提供していた。この時代は個人毎に適切なデザインが施された物品を入手できるという点において現代の量産社会よりも消費者にとっては幸福な時代であったとも言える。
 多くのニーズに合致させるための量産製品のデザイン(インダストリアルデザイン)は最大公約数的なデザインにならざるを得ない。このためインダストリアルデザインは当該物品に対しての諸特性を研究した上で開発されるものであり、量産デザインをして単に物品の外観を通じてデザイナーの感情や思想を表現したものに過ぎないと捉えることはできない(もちろんこのような量産デザインも存在する)。この意味で量産製品に関する知的活動のために費やした開発投資の回収は、技術的側面については特許制度により、また、形態的側面については意匠制度で保証するのであり、両者の目的は同一である。
(2)デザインという仕事の確立
 量産という製造手法は、物品の企画・設計からの製造・完成までの全工程を単一の人間で行うことを許さず、デザインという部分的な仕事を生み出した。即ち、技術者が物品の機能的な部分を設計し、デザイナーがその物品の外観をデザインし、最終的に生産担当者(工員等)が物品を製造する。このため、インダストリアルデザインという仕事が確立し、当該仕事に対して経済的評価を与えることができるようになったのである。即ち、デザイナーが技術者と同じ仕事をしていることが認められるようになったということである。
 また、量産を前提とすることは、利益も大きければ損失も大きいことを意味する。このため、極めて慎重なデザイン開発が行われ、デザイン開発の投資も膨れ上がる。ゆえに、デザイン開発費用の回収の機会を与えなければならないという社会的な要求が確立された。
 以上のような観点から、意匠制度は量産される物品の意匠の保護を通じて産業の発達に寄与すると考える。但し、このような意匠制度の背景に関する理解は、プロトタイプ理論と親和性が高いものの、プロトタイプ理論と直接連結されるものではない。プロトタイプ理論は上記のような意匠制度の原初的な姿を相手に考え出されたものではなく、意匠制度の将来的な展望を踏まえた上で考え出されたものだからである。

Z.最後に
 弁理士の業務範囲の拡張に伴い、著作権法や不正競争防止法第2条1項3号と意匠法との相違を明確にする必要性を強く感じている。このため、弁理士の従来の業務範囲である意匠法の領域を整然とした理論で再構築する必要がある。プロトタイプ理論は、意匠制度の基本を再構築するものである。
 工業所有権は影のようなものであり実体を持たない。このため明確な理論なくしてはどのように工業製品に対してスポットライトを照射すべきかという点があいまいとなる。私は、技術的側面から照射すれば特許という影が、形態的側面から照射すれば意匠という影が同じように明瞭に出現すると考えている。この点に関しては、「部分意匠の本質(4)及び(5)」において詳しく説明する。


(1)高田忠著「意匠」(有斐閣、1981年)165頁 脚付きコップを例に挙げ模様に重点をおいて類否関係を解説している。
(2)宮滝恒雄著「意匠審査基準の解説(改訂増補版)」(発明協会、1997年)140頁
(3)ロバート・L・ソルソ著/鈴木光太郎・小林哲生共訳「脳は絵をどのように理解するか」(新曜社、2000年)1頁
(4)ソルソ・前掲(3) 90頁
(5)大島尚編「認知科学」(新曜社、1999年)77頁
(6)ソルソ・前掲(3) 277頁
(7)ソルソ・前掲(3) 134頁
(8)ソルソ・前掲(3) 101頁
(9)石川義雄監修/森則雄著「意匠の実務」(発明協会、平成2年)230頁〜234頁 同様の趣旨が説明されている。
(10)ソルソ・前掲(3) 103頁
(11)ソルソ・前掲(3) 105頁
(12)ソルソ・前掲(3) 106頁
(13)ソルソ・前掲(3) 109頁
(14)ソルソ・前掲(3) 111頁
(15)石川/森・前掲(9) 220頁
(16)鈴木宏昭著「認知科学モノグラフ@/類似と思考」(共立出版株式会社、1998年)37頁
(17)鈴木・前掲(16) 37頁
(18)鈴木・前掲(16) 38頁
(19)鈴木・前掲(16) 38頁
(20)鈴木・前掲(16) 42頁
(21)鈴木・前掲(16) 44頁〜45頁
(22)D.A.ノーマン/野島久雄訳「誰のためのデザイン?/認知科学者のデザイン原論」(新曜社認知科学選書、1997年)17頁、56頁
(23)宮滝・前掲(2) 140頁
(24)拙著「パテント2001年(未定)月号/部分意匠の本質(2)」(弁理士会、2001年)(未定)頁以下参照のこと。
(25)ヴィクター・パパネック/阿部公正訳「生きのびるためのデザイン」(晶文社、1999年) 75頁


パテント誌における本稿のPDFはこちら。


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