部分意匠の本質(2)   弁理士  田中 大






T.本稿の目的
 本誌(日本弁理士会月刊誌パテント誌)2000年6月号に拙著「部分意匠の本質」(以下、「旧論文」とする)を掲載したが、様々な日本国の部分意匠の意匠登録公報を観察した結果、さらに詳細に検討する必要があることに気付いた。本稿では、部分意匠の分類化を提案すると共に、旧論文で主張した揺動説の個別的な適用に関し説明する。
 尚、旧論文の続編の形式で本稿を記述することを試みたが、修正すべき箇所が散在しているため改訂の形式を採ることにした。従って、旧論文と矛盾する箇所に関しては、本稿によって修正されたものと理解されたい。

U.部分意匠に関する諸説
1.要部説と独立説
 部分意匠を保護対象としている米国では、要部説と独立説が存在する。
 要部説は、意匠は物品の部分には成立しないという従来の考え方を維持し、実線部分が意匠の要部であり破線部分は要部ではない部分として捉え審査等を行うという考え方である(Blum判決)。
 この要部説は、出願人が引用された公知意匠と出願に係る意匠とを明確に区別するために出願に係る意匠の要部を実線で表わすと共に、この公知意匠に含まれる部分を破線により表すことで要部から積極的に排除する方法として考え出されたという背景を有する。
 ところで、要部説という名称は、日本国の「意匠の要部」という概念とは一致しないため、あまり適切な名称ではないと考える。
 日本国の「意匠の要部」は、出願時に当該分野の経験則から意匠を構成する形態要素の本質的な部分を要部とする形態性要部基準説(1)により認定される。他方、この要部説にいう「要部」とは、出願人が実線により任意に示す主観的な部分に過ぎず、上記形態性要部基準説に言う「意匠の要部」とは区別されなければならない。
 一方、独立説は、実線部分を権利主張(クレーム)の対象とし、破線部分は「説明目的」でありクレームの範囲には含まれないとする考え方である(Zahn判決)。
 独立説は、パテントアプローチにより意匠を保護する米国では、馴染み易い考え方である。即ち、実線で示す範囲は出願人が任意に決定できる点を捉え、クレーム概念で説明するものである。また、「経験則という客観的観点から決定する」手法を採る日本国での「意匠の要部」という考え方とも親和性がある。
 当初、米国の判例は要部説であったが、その後独立説に判例変更し、現在では、米国特許商標庁の特許審査マニュアルも独立説に基づくものとなっている。ちなみに、そのマニュアルによれば、「V.破線 請求に係る意匠の一部ではないが、その意匠が関係する状況を示すために必要とみなされる構造は、破線で図面において表すことができる。これには、意匠が具体化され応用された物品の一部が意匠の物品の一部とはみなされない場合を含む。In re Zehn,617 F.2d 261,204 USPQ 988(CCPA 1980)。破線による表示は例示のためだけであり、請求に係る意匠の一部またはその特定の実施例を構成しない。」(2)

2.要部説と独立説の検討
 部分意匠の本質を語る上で、上記の要部説と独立説の何れが妥当であろうか。
 上記のように、要部説は、独立して取引の対象となる物品にのみ意匠が成立し、物品の部分には成立しないという従来の考え方を維持するため、物品の部分をも対象とする改正意匠法第2条の意匠の定義規定と相容れない。もっとも、「意匠に係る物品」の欄の記載は、部分意匠が含まれている全体物品の名称の記載を求めていることから、改正意匠法の起案者は、要部説の立場を採っているとも考えられる。
 一方、独立説では、日本国判例で積み上げられてきた意匠の要部という概念を用いた類否判断の手法を全体から部分へある程度スライドさせて適用することが可能であるという利点がある。即ち、部分意匠を示している実線部分からのみ意匠を特定し、この実線部分で示されている部分の共通点や差異点を検討し、従来の「意匠の要部」等の概念を用いて類否判断を行うことができる。この点、要部説においては、破線部分から基本的構成態様を認定する場合が考えられるため、破線と実線の取扱に混乱が生じ、さらに、従来の類否判断実務で培われてきた様々な概念や手法等に悪影響を与えることが懸念される。
 また、上述したように、要部説を採る場合には「意匠の要部」を出願人サイドで任意に決定できるような誤解を生じ、従来の類否判断の手法等に混乱が生じると考える。あえて要部説にいう「要部」を説明するならば、破線部分を意匠の要部と主張する権利者に対しこれを禁反言として取り扱う概念ということになろう。

3.要部説と独立説の実際
 上記のように、要部説と独立説では、理論上大きな隔たりがある。しかし、部分意匠以外の部分を示す破線をどの程度考慮するか、即ち、実線で示されている部分と破線で示されている部分との関連性(以下「破線部分との関連性」とする)をどの程度考慮するかという実務的な場面においては、この隔たりは小さなものになる可能性がある。
 個別具体的な部分意匠を把握する際に、破線部分との関連性をどの程度考慮するかという点では、両説ともに明確な線引きをできる基準を示していない。例えば、破線部分は「説明目的」であるとする独立説を採っても、イ号意匠がその「説明」からどの程度外れると非類似(クレーム外)となるのかは全く不明である。「説明」を厳格に解釈すれば、そこから得られる結論は、破線部分との関連性を重視するであろう要部説の結論と近いものになるであろう。一方、要部説でも、「破線部分については出願人(権利者)は要部ではないと主張しているのだからその影響を小さく評価する」とするならば独立説との差異は小さくなろう。このため、要部説と独立説は共に実務上の明確な指針を与えることができていないように思われる。

V.部分意匠の本質
1.部分意匠の本質に関する認識について
 部分意匠制度は、米国のデザインパテントの出願実務において考え出された制度である。即ち、上述したBlum判決により、破線を用いた部分意匠の出願方法が認められ、Zahn判決により部分意匠制度として定着したという経緯を有する。従って、部分意匠を示す方法として実線と破線とを用いて表さなければならないという法律が予め存在していた訳ではない。
 このため、部分意匠の本質を究明する基本的な態度として、実務的な観点から部分意匠を考えて行く必要があると考える。この部分意匠という出願方法が、柔軟なプラクティスを有する米国において、出願人サイドで考案された「プロダクツデザインの表現方法」の一種であると考えれば、出願人サイドの意図を様々な部分意匠の出願から個別的に抽出し、その後、このような出願人の意図を類推しつつ客観的な観点から部分意匠の分類化を行い、さらに、それぞれの分類に関し理論的な解明を加えることで部分意匠の本質に迫ることができると考える。

2.揺動説
 私は、破線で示された部分の法的性質を明らかにする揺動説を提唱する。この揺動説とは、図面に示されている破線が固定されたものではなく揺れ動くもの(waver)と捉える考え方である。
 上述したように、部分意匠における破線という表現方法は実務的な要請から発生したものであるため、部分意匠の本質を探るためには、まず、多数の意匠公報に示された部分意匠の実線と破線の関係を観察する姿勢が必要である。
 揺動説は、以下のような作業から生まれたものである。即ち、部分意匠の意匠登録公報に黒色の破線が描く形態とは異なる公知の形態を赤色の破線で書き加え、黒色の破線と赤色の破線が、夫々、実線で示されている部分意匠の形態に対し違和感を与えることなく表示していることを確認する。さらに、他の色で他の異なる公知の形態を書き加えてゆき、それぞれの色で書き加えた公知の形態がやはり違和感を与えることなく表示していることを確認してゆく。
 しかる後に、複数の同一サイズの紙を用意し、その内の1枚に実線部分のみを描き、他の紙にはコピーする。1枚目の紙には黒色の破線で表した一の公知形態を書き加え、2枚目の紙にも赤色の破線で表した他の公知形態を書き加える。以下、3枚目、4枚目…にも様々な色で表した破線で示すそれぞれ異なった他の公知形態を書き加えてゆく作業を行う。これらの紙を高速で捲ってゆくと、アニメーション(動画)のように破線が揺れ動くのである。もちろん、部分意匠は各紙にコピーされているため、その実線の位置が変動せず全く動かない。揺動説という名称は、この破線部分が揺れ動くという視覚的な印象から命名されている。

3.揺動説の基本的理解
 揺動説にいう揺れ動く破線は、破線部分の形態を特定している。この特定とは、必ずしも物理的に1つのものを特定することを意味せず、複数の破線が存在可能である一定の「幅」の範囲(以下、「揺動範囲」と呼ぶ)を特定しているという意味である。このことから、この破線をして従来の意匠の特定という作業を行ってはならないことが理解できる。
 揺動範囲には、基準時における公知公用(周知周用を含む)の形態を全て含んでいるが、この形態を示す破線は、実線で示されている部分意匠の形態に対し違和感を与えることなく表示しているものに限られる。即ち、意匠登録公報に記載された破線で示された形態と、基準時において置換可能な形態に限定されるということである。
 重要なことは、揺動範囲に含まれていると認定された公知意匠等の形態(以下「揺動要素」と呼ぶ)が当該部分意匠の公報に実線で示されている形態に対して違和感を与えてならないということである。そして、このことから、揺動範囲は、出願人の意図した範囲ではなく、客観的に定められるものであることが理解できる。
 審査段階において、上記基準時は出願日(優先日)である。この場合、公知公用(周知周用を含む)の形態は、揺動範囲を推定するための証拠として取扱われる。何故なら、揺動範囲を構成する個々の公知公用(周知周用を含む)の形態は、それぞれが例示的な意味合いを持つに過ぎず、本来的な揺動範囲を特定するだけの能力を備えてはいないからである。揺動範囲とは概念的なものであり公知公用(周知周用を含む)の形態から間接的に証明されるものと考えなければならないのである。
 一方、侵害事件において、上記基準時は侵害時になると考える。図面に示されている破線部分が独占権たる意匠権の権利範囲を定める形態要素として必須なものではない以上、「国家に対する開示の代償として独占権が与えられる」という考え方をそのまま適用できないからである。部分意匠制度導入以前の類否判断実務においてさえ、両意匠の基本的構成態様が共通しないもののそれぞれの基本的構成態様がありふれており、且つ、両意匠の具体的態様が共通しその具体的態様が特徴的である場合、両意匠の類否判断は具体的構成態様(あるいはその一部)の創作性の有無により判断されている(3)。このような取扱を考えてみると、揺動範囲が出願前(優先日前)公知公用(周知周用を含む)の形態に限定しなければならないことに理論的な根拠がないと考えざるを得ない。いずれにせよ、侵害事件における揺動範囲の基準時をどの時点とするかは、部分意匠の本質を決定するに当たり大きなウエイトを占める問題になると考える。

4.揺動説の立場と特徴
 揺動説は、破線を固定的に捉えない点で要部説とは異なり、また、揺動範囲という概念により破線をある程度限定的に解釈する点で独立説とは異なる。さらに、揺動説は、揺動範囲という概念を用いることにより、後述する個別的なケースにおいて、要部説と同様の結論に至ったり、また、独立説と同様の結論に至る場合がある。
 揺動説の特徴を列記すると以下のようになる。
@部分意匠が出願実務から生じた「出願人サイドで考案された表現方法」であることから、「意匠の特定作業」という実務的な観点によりその本質を無理なく捉えることができる。
A意匠の類否判断は視覚により判断されることから、破線を揺動させることにより破線の意味をビジュアルに理解させ、意匠法及びその実務に詳しくない者にも共通した認識を容易に持たせることができる。
B実線のみで示されている従来の意匠に関するプラクティスを支えてきた様々な概念、例えば、意匠の同一、類似、非類似、意匠の要部、基本的構成態様(詳しくは後述する)、具体的態様等、を部分意匠出願において実線で示されている部分にそのまま適用でき、一方、従来のこのような概念の変更を要しない。
C今後、発展し続けるであろう部分意匠の取扱いに柔軟に対応できる解釈の自由度を有し理論的な破綻をきたす可能性が低い。

W.揺動説と部分意匠の分類
1.部分意匠の分類
 部分意匠は、破線部分と実線部分との関連性等を観察し検討することにより、いくつかの種類に分類可能であると考える。即ち、部分意匠は、@全体型、A部分完結型、B部分未完結型(特徴型)、C部分未完結型(非特徴型)、D模様型、E織物地型の6種類に分類可能である。
 以下、これらの種類ごとに揺動範囲がどのように変動するかを説明する。

2.全体型
 全体型は、後述する部分完結型、部分未完結型(特徴型)、部分未完結型(非特徴型)の三者を包含する部分型類型と対立する概念である。即ち、全体型に分類される部分意匠は、物品全体の形態(多くは基本的構成態様)を特徴づける物品の輪郭を実線として示したものであり、当該輪郭の全部又は一部が破線で示されている部分型類型と区別される。
 ここで、「物品全体の形態を特徴付ける物品の輪郭」とは、例えば、図1に示すキーボードの場合、破線で示されている複数のキーからなる操作部もキーボードの輪郭の一部を構成するが、この操作部の輪郭は当該キーボードの「全体の形態を特徴付けている」とは認定しない。このように、全体型は基本的構成態様のうち主体をなす輪郭が実線で示されている必要がある。従来の類否判断において、特徴的な基本的構成態様が共通すれば具体的態様(特徴的である場合を除く)が異なる場合でも類似範囲に含まれるという解釈がなされてきた。しかし、基本的構成態様の認定には、「基本的構成態様と具体的態様の間の線をどう引くか」という問題がある(4)。全体型の部分意匠は、このような基本的構成態様の主体をなす輪郭を実線で示すことにより、基本的構成態様と具体的態様の不明確な線引きを予め明確にしているものと捉えるのである。
 全体型の類否判断においては、従来の基本的構成態様の認定方法がスライドして適用できるが、上記のように実線部分は基本的構成態様の主体ではあるものの、基本的構成態様そのものではないことには注意を払う必要がある。尚、この全体型の破線の揺動範囲は、後述する部分型類型に見られるような特殊な性格を有するものではなく、その性質を異にするものである。詳しくは、「部分意匠の本質(3)」において説明する。

図1





3.部分完結型
 部分完結型とは、図2に示すテレビゲーム機用コントローラのように、破線で示されている物品全体と実線部分との関連性が弱く、実線部分が単独で完結しているものをいう。即ち、組み合わせるべき物品(図2の例で言えば、テレビゲーム機のほかコンピュータのキーボード等であっても良い。)をあまり選ばないものをいい、全体物品への依存性が小さなものをいう。逆にいえば、実線部分が、物品全体から独立して把握でき、且つ、付加的(即ち、他の形態に置換可能であるか除去可能である場合)であると認定できるものである。

図2



 このような完結性の認定は以下の要件を備えているか否かで判断する。
 第1に、実線部分の用途・機能が完結しているかを判断する。これを機能完結要件と呼ぶ。コントローラのように部分意匠として実線で示されている部分が独立した用途・機能を有し、部分意匠以外の破線部分の用途・機能に従属していない場合、その部分意匠に完結性を認めるのである。
 逆に、部分意匠として実線で示されている部分の用途・機能が、部分意匠以外の破線部分の用途・機能と共通し、相互に密接不可分な関係が認められる場合には、この部分意匠は機能完結要件を備えていないと判断するのである。
 第2に、実線部分の全体の形態に対する依存性を判断する。これを形態完結要件と呼ぶ。即ち、部分意匠の形態が全体意匠の形態に依存しているか否かを判断するのである。具体的には、実線と破線の境界域に形態的に密接な関連性が認められるかという点に注目してこの判断を行う。実線が破線で示されている特定の形態の存在を前提にしているかどうかという点に注目するという意味である。
 機能完結要件及び形態完結要件を共に備えている場合は、部分完結型と認定される。部分完結型は全体物品との関連性が希薄であるため、願書の「意匠に係る物品」の欄に記載された物品と非類似の物品にも本来的には組み合わせることが可能である(詳しくは後述する)。
 上記部分完結型の揺動範囲は他の部分型類型と比較して広範なものになる。即ち、この分類に属する部分意匠は、後述する部分意匠の類否判断において、破線部分との関連性における「位置」に関し限定的に考えてはならないのである。従って、部分完結型においては、結論的には独立説と略同じ取扱になると考えても良い。但し、「大きさ」に関しては、その実線で示されている部分の機能等から、社会通念上、揺動範囲に含まれるか否かを決定することになる。例えば、コントローラは手で操作されるものであるから、その大きさにはある程度の限界が認められるということである。
 尚、この部分完結型の部分意匠には、実線部分の形態がありふれているものは含まれない。即ち、当該部分がありふれている場合には、意匠法第3条2項の適用により登録を受けることができないと考える。部分完結型は、本来的に物品の全体形状とは乖離する傾向があるため、このようなものを特定の「位置」に設けることは当業者にとって容易であり法による保護価値を認めることができないからである。尚、さらに詳しくは「部分意匠の本質(4)」において説明する。

4.部分未完結型
 部分未完結型とは、上記機能完結要件を満たさない場合、上記形態完結要件を満たさない場合、さらに、上記機能完結要件及び形態完結要件の両要件を満たさない場合が該当する。
 この部分未完結型は、さらに、実線で示されている部分意匠が特徴的である特徴型と、ありふれている場合の非特徴型の2種類に分類される。

(1)部分未完結型(特徴型)
 図3に示す容器の部分意匠は、実線部分が特徴的であるため部分未完結型(特徴型)の典型例である。
 この場合、図4に示すような範囲で破線が揺動する。実線部分と破線部分との境界域Aではそれぞれの部分が相互に不可分な関係となっている。このため、境界域Aにおいて破線はほとんど揺動しない。一方、領域B、領域Cと、境界域Aから位置的に離れるに従って、破線は実線部分との関連性が弱くなり、揺動範囲が広くなるのである。即ち、領域Bの形態は境界域Aの形態を維持するために、破線で示されている形態とかけ離れた形態を揺動範囲に含めることができない。しかし、領域Cのように境界域Aから位置的に離れている場合には、当該領域の揺動範囲を広く認定しても、境界域Aにおける実線部分と破線部分との関連性は維持されると捉えるのである。詳しくは「部分意匠の本質(4)」において説明する。

図3



図4





(2)部分未完結型(非特徴型)
 図5に示す運動靴は、部分未完結型(非特徴型)の典型例である。楕円形の膨出自体の形態はありふれたものであり、特徴的であるとは言えない。このような場合、実線で示されている楕円形の膨出自体の形態のみに着目すると、意匠法第3条2項により拒絶される可能性がある。このような非特徴型の部分意匠は、実線による形態が破線で示されている全体の形態のどの位置に、また、どの程度の大きさで設けたかという点に保護価値を認める余地がある。このように解した場合、非特徴型においては、実線部分と破線で示す全体との形態的な関連性が極めて高いため、揺動範囲に含まれる揺動要素は限定され、揺動範囲は狭小なものとなる。詳しくは「部分意匠の本質(5)」において説明する。

図5



5.模様型
 図6に示すティーシャツの模様は、模様型の典型例である。
 模様型の揺動範囲の認定は、上記全体型や部分型類型とは異なるアプローチを用いて考える必要がある。意匠法は、プロダクツデザインの保護という観点から、形態と物品の不可分性を要求する。そして、物品は必ず形状を有するため、模様は形状と結合されている場合にのみ法の保護を受けることができる。これは、物品性を備えていない単独の模様のみを保護対象としないことを意味している。この鉄則は、部分意匠においても貫徹されなければならない。このため、模様型の部分意匠では、模様そのものが部分意匠の対象ではなく、模様とその模様が表されている部分の形状(上記ティーシャツの例の場合、模様が表されているティーシャツの生地部分)とを部分意匠の構成要素として認定しなければならない。
 従って、模様が表されている部分の他の部分に当該模様を表すと(上記ティーシャツの例の場合、例えば、左胸部分から腹部中央に模様を移動させると)、模様が表されている生地部分(左胸部分)とは別の生地部分(腹部中央)と当該模様が結合することになる。即ち、この生地部分(左胸部分)は、左胸という「位置」にその「大きさ」で設けられていることにより特定されているのであり、故に、上記の場合には物品性の要件を満たさないことになる。このような理由から、模様型の場合、破線部分との関連性における位置と大きさは限定的に解釈されなければならず、揺動範囲は上記部分未完結型(非特徴型)のように狭小な範囲となる。詳しくは、「部分意匠の本質(4)」において説明する。

図6



6.織物地型
 織物地に関しては、従来のプラクティスにおいても基本的構成態様と具体的態様とに振り分けるという認定手法が採られていない。これは、基本的構成態様が物品全体の構成から抽出されるものである一方、織物地が物品全体の構成というものを備えていないからである。このため、織物地型においては、模様を主体に判断せざるを得ず、破線で示された模様部分と実線で示された模様部分との相互の関連性を認定し、破線部分の揺動範囲を決定することになる。

X.部分意匠の類否判断
1.概要
 部分意匠の類否判断は、従来行われてきた類否判断と基本的には同じである。即ち、意匠に係る物品の類否を判断し、形態の類否を判断し結論するというものである。部分意匠の類否判断では、実線部分の形態の類否判断の前段階として破線部分との関連性を判断することになる。
 実線部分の形態の類否判断と破線部分との関連性を同時に判断しないのは、後述するように、破線部分が揺動しているため従来の意匠の特定作業をそのまま適用することができず、実線部分と同一の次元で破線部分を取扱うことは不可能だからである。
 また、実線部分の形態の類否判断に先だって破線部分との関連性を判断するのは、実線部分は破線部分を前提に構成されているため、実線部分をよりよく理解するために破線部分との関連性の判断を先行させる必要があるからである。
 このように、部分意匠の類否判断は、@意匠に係る物品の類否を判断する第1段階と、A破線部分との関連性を判断する第2段階と、B実線部分の形態そのものを判断する第3段階の3段階の判断を必要とすることになる。

2.意匠に係る物品の類否(第1段階)
 現状においては「意匠に係る物品」の記載が部分意匠を含む物品全体の名称の記載しか許されていないため、従来の物品に関する類似概念を適用せざるを得ない。このため、当該要素においては、意匠に係る物品の用途・機能を判断し、物品の同一、類似、非類似という3つの結論が導き出されることになる。
 しかし、上述したように部分完結型は、従来の物品概念では非類似物品となる場合でも揺動範囲に含まれる可能性がある。これは、部分完結型では全体物品との関連性が希薄だからである。そこで、部分完結型の保護を完全なものとするために以下の2つの方法が考えられる。
 第1の方法は、「意匠に係る物品」の欄の記載方法を変更し、部分完結型に限って、米国のような「部分の名称」の記載を許す法改正を行うというものである。このような法改正が行われれば、部分完結型においては、この「部分の名称」は複数の物品を特定したものとして取り扱われることになり、その各物品の類似範囲を総合した類似範囲は広範なものになると考えられる。
 第2の方法は、部分完結型と認定される場合には、例外的に物品の類似範囲を広く判断するというものである。この方法は、従来の物品の類似概念を維持しつつ、部分完結型のみ例外的に運用することにより実質的に部分完結型の完全な保護を実現しようとするものである。この方法を採るのであれば法改正を必要としない。現状においてはこの第2の方法を検討すべきであろう。

3.破線部分との関連性の判断(第2段階)
 この段階では、破線部分の意味合いを明らかにするため、(1)部分意匠の分類認定、(2)揺動範囲の認定、(3)共通性の判断を行う。これらの認定等は、部分意匠の実線部分の形態が他の形態を有する同一又は類似物品に適用可能であるかを判断するためのものである。
 この破線部分との関連性の判断においては、従来の同一及び類似概念を用いてはならない。この従来の同一及び類似概念は、比較される両意匠の関係を、同一、類似、そして、非類似の三者択一的に分けて把握する。さらに、従来、この概念は、物品と形態という要素を夫々把握する場合にも適用され、両意匠の同一とは、物品及び形態が共に同一であることをいい、両意匠の類似とは、物品同一且つ形態類似、物品類似且つ形態同一、物品類似且つ形態類似をいい、両意匠の非類似とは、物品非類似且つ形態非類似の場合をいうとされている。
 このような同一及び類似概念が物品と形態という要素に用いられたきた理由は、物品と形態のみが意匠の必須の構成要素だからである。従って、物品と形態の同一類似の判断は、比較の対象となっている両意匠の同一や類似という結論に連結することができた。
 しかし、部分意匠の意匠権の権利範囲は、本来的に実線部分に求めなければならないのであり、必須の形態要素とはいえない破線部分に対して従来の同一及び類似概念を持ち込むことは許されない。さらに、破線は揺動しており、従来の意匠の特定作業が不可能である以上、破線部分から類似範囲を認定することは事実上不可能である。
 このため、破線部分との関連性との判断では、類否判断ではなく後述する「共通性の有無」が問われることになる。
 以下、当該3つの認定要素を分説する。

(1)部分意匠の分類認定
 類否判断の判断対象となる部分意匠が、上述した@全体型、A部分完結型、B部分未完結型(特徴型)、C部分未完結型(非特徴型)、D模様型、E織物地型の6分類の何れに属するものかを判断する。この部分意匠の分類認定は、客観的な視点から当該部分意匠の性格を明らかにし、後述する揺動範囲の認定を行うために必要となる。
 全体型、模様型、織物地型の分類認定は容易であるが、部分完結型と部分未完結型との区別は、上述したように実線で示されている部分意匠自体の用途・機能等から判断する。
 尚、この部分意匠自体の用途・機能という概念に関し、例えば、模様型の模様部分の用途・機能をあえて表現すると「装飾用途・装飾機能」ということになる。しかし、従来の物品性概念から考えると非常に違和感のある認定であると言わざるを得ない。これは、従来、物品全体を対象にして物品の用途・機能を判断していたのに対し、物品の一部を切取ったものとも言える部分意匠においては実線部分が物品の用途・機能を完結できない場合も存在するからであろう。従って、部分意匠自体の用途・機能は、部分完結型と部分未完結型との区別に必要な場合を除き、認定する必要はないと考える。

(2)揺動範囲の認定
 上記部分意匠の分類認定から揺動範囲を認定する。この揺動範囲の認定は上述したとおりである。
 以下、具体的ケースとして、図7(1)及び(2)に示すカメラの例で説明する(尚、何れも部分未完結型(特徴型)に分類される)。
 例えば、意匠公報に示されている意匠が図7(1)である場合を仮定してみる。このコンパクトタイプのカメラという物品において、実線部分の主要部であるレンズがカメラ本体の中央部に位置するもののほか、右側に偏在して設けられているものも公知である場合、当該図7(1)の破線部分の揺動範囲に含まれるものとして図7(2)を認定することができる。ここで、実線部分を基準として揺動範囲を捉えると、破線Aは破線Bの位置まで、また、破線Cは破線Dの位置まで連動して揺動可能であることが理解できよう。

図7(1)



図7(2)


(3)共通性の判断
 次に、上記揺動範囲の認定から「その物品全体の中に占める実線部分の位置、大きさ」の共通性(適合可能性)の有無を認定する。
 最初に、破線で示されている部分に対して実線で示されている部分がどのような関係になっているかということに着目する。上記のカメラの例において、この実線で示されている部分は、カメラの正面パネルと上面パネルの表面に付着するように位置し、また、その実線で示されている部分はカメラの正面パネルや上面パネルよりも小さいということが認定できる。これは、破線部分が揺動しても影響を受けていないからである。
 従って、図7(1)が登録意匠であり、図7(2)のカメラが実在する場合を仮定してみると、実線部分はその位置において「カメラの正面パネルと上面パネルの表面に付着するように位置する点で共通する」という結論になり、また、大きさにおいて「カメラの正面パネルや上面パネルよりも小さいという点で共通する」という結論になる。この結論は、すでに同一性概念や類似概念を捨象した上で得られた結果であるから、残された概念は、共通するか、共通しないかという二者択一の概念のみで判断する他はない。これを「共通性の判断」と定義する。
 ここで、上記認定方法と対比する意味において、「その物品全体の中に占める実線部分の位置、大きさ」を従来の実務的な手法を用いて判断した場合について説明する。
 上記のカメラの例において、図7(1)の実線部分は、「物品の全幅を100とした場合、正面パネルの左端から約22乃至72の位置に延在し、また、上面パネルの左端から約36乃至72の位置に延在する。」という認定を受け、また、図7(2)の実線部分は、「物品の全幅を100とした場合、正面パネルの左端から約50乃至100の位置に延在し、また、上面パネルの左端から約60乃至100の位置に延在する」という認定を受ける。このため、両実線部分の位置が異なると結論されることになるであろう。しかし、このような認定方法は、破線を実線のように物理的に特定されたものとして捉え、破線部分を部分意匠の必須の形態要素としてしまう点で部分意匠の本質に反し、誤った認定方法であることが理解できるであろう。

4.実線部分の形態に関する判断(第3段階)
 実線部分の形態に関する判断には、従来の類否判断の手法を用いることができる。従来の類否判断の手法として、基本的構成態様と具体的態様という概念が用いられてきた。しかし、具体的態様はともかく、基本的構成態様は物品全体から認定されるため、当該概念を実線部分の形態にそのまま適用することはできない。即ち、基本的構成態様とは物品全体のデザイン的骨格と呼べるものであるため、物品の一部分である実線部分のデザイン的骨格を表す概念としては不適当だということである。
 ここで、実線部分の形態のデザイン的骨格を示す概念として部分構成態様という言葉を用いることにする。これは、部分意匠制度導入後において、基本的構成態様と具体的態様という概念の比較を行うと、基本的構成態様という言葉は、「基本的」という言葉よりも「構成」という言葉にウェイトをおいて把握しなければならない概念であると考えるからである。但し、部分構成態様の認定がそぐわない場合も存在することを付言しておく。
 従って、実線部分の形態に関する判断作業を実務的に列記すると、@部分構成態様と具体的態様の認定、A部分構成態様と具体的態様のそれぞれの共通点と差異点の認定、B当該共通点と差異点の評価、C実線部分の形態の類否判断という手順になる。
 繰り返すまでもないが、破線部分から従来の基本的構成態様を抽出してはならない。何故ならば、破線部分は揺動しているため従来の意匠の特定作業が不可能であり、このような破線部分から物品全体のデザイン的骨格を把握する基本的構成態様を抽出することは不可能であること、また、特定不能である破線部分から従来の基本的構成態様を認定することは、長年にわたり蓄積されてきた基本的構成態様の認定手法に悪影響を与える可能性があるからである。
 尚、実線部分の形態は類似範囲を有する。従って、例えば、上記部分未完結型(特徴型)の場合、図4に示す境界域Aもある程度この類似範囲から由来する幅を持つことが観念できる。従って、上記揺動範囲は、実線部分と破線部分との関連性をある程度柔軟に解釈して認定する必要があることが理解できよう。

Y.部分意匠の範囲
 部分意匠の範囲とは、実線部分の領域をいう。具体例として、図8(1)及び(2)があげられる(尚、何れも部分未完結型(特徴型)に分類される)。このピストルの例では、全体の形態が同一であるにもかかわらず、図8(1)では銃口部分周囲に限定された狭い領域を実線部分とし、図8(2)では銃の前方約2分の1程度の広い領域が実線部分となっている。このような部分意匠の範囲の相違は以下のような2つの意味を有する。即ち、第1に、部分意匠の範囲が広がるほど、実線部分の形態要素が増大するため、実線部分の形態の類似範囲は狭くなってゆく傾向がある。また第2に、部分意匠の範囲が広がるほど、物品全体に対する部分意匠の寄与率が上昇する傾向がある。
 この意味を意匠権侵害訴訟において考えてみると、第1の点に関しては、部分意匠の範囲が広いものほど侵害成立の可能性が減少するということになり、また、第2の点に関しては、部分意匠の範囲が広いものほど寄与率の上昇による損害賠償額の上昇が期待できるということになろう。

図8(1)




図8(2)


Z.部分意匠と部品の意匠
 部分意匠の本質をさらに明瞭にするため、部分意匠と部品の意匠の関係を検討する。
 部品の意匠は、完成品である物品の一部分を構成するものである。但し、独立して取引対象とされなければならない。部品そのものは物品性を備えていることになるが、完成品である物品の未完成状態であるとも捉えることができる。このように考えると、完成品と部品というのは物品の完成・未完成に関する概念である。
 一方、部分意匠は、「物品」の完成・未完成という概念ではなく、「形態」の完成・未完成という概念で捉えることができる。全体意匠が形態の完成状態であり、部分意匠は未完成状態と考えることが可能である。
 部品という概念は理解しやすいが、実のところ、部品がその完成品に占める範囲というものは製作者の技術的設計事項である。即ち、製作者が自由に決定することができ、完成品のどの範囲までを一部品という物品として分離させるかは社会通念上決定されるものではない。このため、法的な見地(客観的な見地)から考えてみると、出願人がその範囲を自由に決定できる部分意匠と、製作者がその範囲を自由に決定できる部品とは、市場において独立して取引対象とされるものであるかという要件を除き、いずれも恣意的に決定できる点で共通する。部分意匠と部品の意匠がオーバーラップ場面では、このような点を理解しつつ評価を行うべきであろうと考える。

[.最後に
 揺動説は、破線の意味を意匠の特定作業という実務的な見地から考察したものである故に、従来の法目的に関する諸説(混同説、需要喚起説、創作性説等)や意匠の類否判断に関する諸説(形態性要部基準説、創作性基準説等)の何れの説にも親和性があると考えている。もっとも、著者は「部分意匠の本質(3)〜(5)」に述べるように、従来のこれらの諸説とは全く異なったアプローチを採る者である。
 また、部分意匠を6種類に分類したが、これは一例であり、さらに分類可能であるとも考える。結局、個々の具体的な部分意匠毎にその揺動範囲を認定してゆく作業が必要となるということである。そして、裁判例等を参考にしつつ、このような分類作業を今後続けることにより、部分意匠の本質が明らかになると考えている。


(1)斉藤瞭二「意匠法概説(補訂版)」(有斐閣、1995年)159頁
(2)意匠権活用実態海外調査及び研究のための委員会報告書(社団法人日本デザイン保護協会、1999年3月)資料4-11
(3)宮滝恒雄「意匠審査基準の解説(改訂増補版)」(発明協会、1997年)140頁。高田忠「意匠」(有斐閣、1981年)165頁 脚付きコップを例に挙げ類似関係を解説しておられる。
(4)宮滝・前掲(3)140頁に指摘されている。(以上、敬称略)


パテント誌における本稿のPDFはこちら。



home

 

inserted by FC2 system