4 具体的態様に基づく類似範囲

以下、乱れ箱において複数の公知意匠が存在する場合を仮定して、具体的態様の認定について説明する。図1は、4つの公知意匠と登録意匠を示したものであり、これら4つの公知意匠は登録意匠の意匠登録出願前に公知意匠1、2、3、4の順で公知になっているものとする。また、これら4つの公知意匠は何れも意匠登録を受けていないものとする。


図1

この場合、登録意匠の基本的構成態様は4つの公知意匠、正確には公知意匠1、により新規ではないため、基本的構成態様に基づく類似範囲を登録意匠に認めることはできない。4つの公知意匠がある場合、基本的構成態様はありふれたものとなっている。従って、4つの公知意匠と登録意匠とを比較して、登録意匠に特徴的な具体的態様を認めることができるかを判断する。特徴的な具体的態様を認定することができれば、この登録意匠の具体的態様に基づく類似範囲を認定することができる。

1つ目は、公知意匠1と2が背が高いプロポーション、また、公知意匠3と4が幅広いプロポーションを有しているのに対し、登録意匠はそれらプロポーション群の中間とも言えるプロポーションを有している点である。2つ目は、公知意匠1〜4の各箱の面に穴が開いていたり網状となっていたりするのに対し、登録意匠の各箱の面は平坦状となっている点である。これら2つの形態要素はそれぞれ登録意匠の特徴的な具体的態様であると認定できる。

公知意匠1は背が高いプロポーションであり、公知意匠2は公知意匠1のバリエーションとして存在する。公知意匠3は幅広いプロポーションであり、公知意匠4は公知意匠3のバリエーションとして存在する。また、公知意匠1は、3つの箱(洗濯籠)が網状となっており、公知意匠2〜4は公知意匠1のバリエーションである。

一方、登録意匠は背が高いプロポーションと幅広いプロポーションの中間的なプロポーションであることに特徴があり、この形態要素に特徴的な具体的態様を認定することができる。同時に、登録意匠は、3つの箱の面が平坦面で構成されている形態要素についても特徴的な具体的態様を認定することができる。

公知意匠1の背が高いプロポーションを典型例とする類似範囲A、公知意匠3の幅広いプロポーションを典型例とする類似範囲B、登録意匠の中間的プロポーションを典型例とする類似範囲C、公知意匠1の3つの箱が網状となっているのを典型例とする類似範囲D、登録意匠の3つの箱が平坦面で構成されているのを典型例とする類似範囲Eとすると、それぞれの具体的態様に基づく類似範囲を図2のように示すことができる。


図2

登録意匠の類似範囲は、中間的プロポーションを典型例とする類似範囲Cと、3つの箱が平坦面で構成されているのを典型例とする類似範囲Eの二つの領域となる。「プロポーション」と「3つの箱が平坦面で構成されていること」は、それぞれ独立して類似範囲を有する。このような場合、登録意匠の類似範囲は「プロポーション」と「3つの箱が平坦面で構成されていること」という2つの具体的態様を併せ持つ領域となるのではないかという疑問が当然生じる。この疑問を解くために図3に示す事例を考えてみよう。


図3

図3に示す事例は、図1に示す公知意匠2が公知意匠2'に変更されているだけである。公知意匠2'は、3つの箱が平坦面で構成されている。そうすると図3における4つの公知意匠と登録意匠とを比較した場合、登録意匠の特徴的な形態要素は「プロポーション」にのみ認めることができるものの、「3つの箱が平坦面で構成されていること」については登録意匠の特徴的な形態要素であるとは認められない。

従来の「意匠の要部」という概念を用いると、登録意匠が複数の要部を備えている、と説明することができるが、この場合、これら複数の要部を全て備えない限りイ号意匠は類似しないのではないかという疑問が残ってしまう。この考え方は、先に指摘したように、形態要素の性質を特許のクレームにおける構成要件のように捉えていることが原因である。何故、このように考えてしまうのかというと、意匠の美感は、常に、その意匠の全ての形態要素の総和から生じていると思い込んでいるからである。しかし、形態要素はその意匠の「条件」や「要件」ではなく、また、後述するように意匠の美感は相対的にのみ把握されるものであるため、公知意匠が異なると当然その美感も異なったものとなるのである。

このように、登録意匠が特徴的な形態要素を複数有している場合、その形態要素毎に具体的態様に基づく類似範囲が認められることになる。図1の例において、登録意匠の類似範囲は、「プロポーション」と「3つの箱が平坦面で構成されていること」という具体的態様に基づく類似範囲を有している。一方、図3の例においては、「プロポーション」という具体的態様に基づく類似範囲しか認められない。図1の例と図3の例の登録意匠は同一であるものの、このように公知意匠が異なると類似範囲が異なってしまうのである。

(2008/1/8)

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