4 事例の個数の問題

しかし、意匠の類否判断の実務においては、このプロトタイプの単独単一構造という考え方では説明できない場合がある。例えば、新規物品が開発された場合である。この新規物品の形態は、誰も見たことがなかったし、事例はわずかにその新規物品の形態だけである。

上記の例で、鳥という概念は、「くちばし」「羽毛」「細い足」「翼」など様々な特徴を備えているが、これは、多数の鳥類の中から抽出した特徴である。例えば、色彩の要素は、鳥という概念を構成する特徴の一つとしては考えられていない。これは、色彩が様々であり、鳥の典型例を示す特徴としては不適切だからである。

新規物品の形態の場合には、事例が一つしかないため、どのような形態要素がその形態の特徴を構成しているのかが分からない。こういう場合には、全体的な構成を示している基本的構成態様とされる形態要素が特徴であり、模様や色彩などの他の形態要素は特徴にはならないと判断する、と考えることもできる。しかし、この考え方は、形状も斬新であるが、同時に模様も極めて斬新である場合には説明できなくなる。この模様が典型例を構成する特徴の一つであることは明らかだからである。例えば、上記の乱れ箱事件におけるイ号の上部脱衣籠や洗濯籠にはメッシュが設けられているが、このメッシュが斬新な形状であった場合は、この斬新な形状のメッシュという形態要素を無視して類否判断を行うべきなのか、という疑問が生じる。

実は、プロトタイプが視覚情報においても取得されるのかどうかという実験は、すでに行われている。Reed,S.K.氏が行った実験である。線図で描いた漫画の顔の図(図1(1)参照)を次から次へと被験者に見せ、特定のカテゴリー帰属するかどうかを判断させた。なお、この被験者にはこの顔の図の分類に関して訓練がなされている。そして、被験者の90%がこの顔の分類作業に成功した。


図1

視覚情報による形態の認知においても、プロトタイプが作成されるということがこの実験から理解できる。しかし、この実験では、事前の訓練において被験者に漫画の顔のタイプが提示されており、被験者は複数の事例を知っていることが前提になっている。従って、事例の個数という観点からこの実験を考えてみると、プロトタイプの作成には複数の事例が必要であることを示していることになろう。

(1) 大島尚編「認知科学」(新曜社、1986年)66〜67頁、Reed, S.K.1972 Pattern recognition and categorization. Cognitive Psychology, 3, 383-407

(2008/1/4)

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