3 意匠の要部の検討

各形態要素を比較し、共通点と差異点の把握を行った後、意匠の要部を把握する。本事件では以下のような判断がなされ、両意匠は類似すると判断された。

「…証拠によれば、本件意匠に係る物品と同一又は類似の物品の意匠の公知資料として、実開昭52−135939号公報の脱衣箱の意匠(公知資料1)、実開昭52−35344号公報の脱衣籠の支持枠構造の意匠(公知資料2)、…(中略)…米国特許第4003611号明細書の意匠(公知意匠10)が存在したことが認められる。

そして、意匠の要部は、公知意匠にない新規な部分であって見る者の注意を強くひく部分にあると解されるところ、本件意匠につき右各公知資料と対比して本件意匠の要部を考えると、その要部は「上部に脱衣籠を備えた本体に2個の洗濯籠を並列載置して三者一体とした形状」にあると認められる。

すなわち、前示公知資料と対比してみるに、本件意匠の構成のうち平坦面の把手付、投入口付洗濯籠(公知資料6、8〜10)や箱型脱衣籠(公知資料1〜3、7)、車輪の連結された平面台に垂直に設けられた4本の支柱の上段に脱衣籠を設けること(公知資料1、4)、籠を二段に積み重ねること(公知資料1〜3、5、7)、は同一あるいは似たものが従来から存しありふれたものであるのに対し、右各部分を組み合わせて上部に脱衣籠を備えた本体に2個の洗濯籠を並列載置して三者一体とした点は前記公知資料には見られない目新しいものであり、本件意匠はかかる点に新規性があり、この点が見るものの注意を強くひく部分と認められるから本件意匠の要部ということができる。」(1)

裁判所の判断は、「意匠の要部は、公知意匠にない新規な部分であって見る者の注意を強くひく部分にあると解される」としている。そして、公知意匠(公知資料)と比較してみると、登録意匠の要部は、「上部に脱衣籠を備えた本体に2個の洗濯籠を並列載置して三者一体とした形状」であると認定している。

「意匠の要部」とは、その意匠の特徴的な形態要素であると定義することができるであろう。一つの意匠から抽出することができる複数の形態要素のうち、どの形態要素を重視するかで意匠の形態の類否判断が左右されることは、すでに述べたとおりである。

ところで、意匠における形態要素は3つの範疇に分類することができる。基本的構成態様とされる形態要素、具体的態様に分類され得る形態要素、そして特徴的であると思われない形態要素である。なお、具体的態様とされる形態要素は、基本的構成態様である形態要素を前提として把握される。

この裁判例において、「上部に脱衣籠を備えた本体に2個の洗濯籠を並列載置して三者一体とした形状」という形態要素は、基本的構成態様である。この裁判例においては、対照表に記載されている6つの形態要素のうち、(1)が基本的構成態様となる形態要素であり、他の(2)〜(6)までが具体的態様と認定し得る形態要素である。なお、実務において、基本的構成態様は羅列されている複数の形態要素の最初に記載されるのが通例である。

基本的構成態様と具体的態様という概念は、長年、実務に使用されてきたものであるが、法文上の根拠はなく、これまで学説の議論の対象となっていない。明確な定義がない、というよりは、むしろ、その内容はケース毎に個別具体的に定められるべきで、統一的な定義などは不可能と考えられてきたように思う。

しかし、基本的構成態様とは、おおまかな形態の全体的構成に関する特徴であり、具体的態様とは、基本的構成態様以外の形態の特徴と説明することはできよう。なお、具体的態様は、通常、「具体的構成態様」とは表現しない。これは、具体的態様が必ずしも「構成」に関するものではないからである。

また、「基本形態(基本形状)」という概念も存在するが、これは、一般にその物品が備えている形状等を意味し、基本的構成態様とは異なる概念である。

(1)牛木理一著「判例意匠権侵害」(発明協会、1993)243頁〜246頁

(2008/1/2)

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