3 揺動説の基本的理解

揺動説にいう揺れ動く破線は、破線部分の形態を特定している。この特定とは、必ずしも物理的に1つのものを特定することを意味せず、複数の破線が存在可能である一定の「幅」の範囲(以下、「揺動範囲」と呼ぶ)を特定しているという意味である。このことから、この破線をして従来の意匠の特定という作業を行ってはならないことが理解できる。

揺動範囲には公知公用(周知周用を含む)の形態を全て含んでいるが、この形態を示す破線は、実線で示されている部分意匠の形態に対し違和感を与えることなく表示しているものに限られる。即ち、意匠登録公報に記載された破線で示された形態と置換可能な形態に限定されるということである。

重要なことは、揺動範囲に含まれていると認定された公知意匠等の形態(以下「揺動要素」と呼ぶ)が当該部分意匠の公報に実線で示されている形態に対して違和感を与えてならないということである。そして、このことから、揺動範囲は、出願人の意図した範囲ではなく、客観的に定められるものであることが理解できる。

審査段階においては、揺動範囲は出願日(優先日)を基準として判断される。この場合、公知公用(周知周用を含む)の形態は、揺動範囲を推定するための証拠として取扱われる。何故なら、揺動範囲を構成する個々の公知公用(周知周用を含む)の形態は、それぞれが例示的な意味合いを持つに過ぎず、本来的な揺動範囲を特定するだけの能力を備えてはいないからである。揺動範囲とは概念的なものなのである。

一方、侵害事件においては、揺動範囲は侵害時を基準として判断される。図面に示されている破線部分が独占権たる意匠権の権利範囲を定める形態要素として必須なものではない以上、「国家に対する開示の代償として独占権が与えられる」という考え方をそのまま適用する必要がないからである。

また、部分意匠制度導入以前の類否判断実務において、両意匠の基本的構成態様が共通しないもののそれぞれの基本的構成態様がありふれており、且つ、両意匠の具体的態様が共通しその具体的態様が特徴的である場合、両意匠の類否判断は具体的構成態様(あるいはその一部)の創作性の有無により判断されている(1)。このような取扱を考えてみると、揺動範囲が出願前(優先日前)公知公用(周知周用を含む)の形態に限定しなければならないと考える必要はない。いずれにせよ、この侵害事件における揺動範囲の判断時をいつの時点とするかは、部分意匠の本質を決定するに当たり大きなウエイトを占める問題になると考える。

(1)宮滝恒雄「意匠審査基準の解説(改訂増補版)」(発明協会、1997年)140頁。高田忠「意匠」(有斐閣、1981年)165頁 脚付きコップを例に挙げ類似関係を解説しておられる。

(2006/2/11)

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